連れ去られる途中、桃生は一度だけ意識を取り戻した。体が揺れ、あたりの風景が川のように流れていく。桃生がいるのは馬の上で、
次に目覚めたときは寝台に横たわっていた。桃生の頭の中は依然として霧がかかったようだったが、身を起こすことはできた。彼女のいる部屋はこぎれいに整えられており、話に聞く賊のねぐらとはまるで異なっていた。この部屋ならば、宮の一室と言っても通りそうだ。
桃生は息をつめて、賊の一派が現れるのを待った。しかし、いくら経っても不穏な気配は見られず、そのうちに桃生の意識がはっきりとしてきた。
(何をやっているのかしら、わたしは。待っている必要なんかないのよね。来ないうちに逃げてしまおう)見つかるかもしれなかったが、やってみる価値はあった。ここに居たとしても、事態が良い方向に転がることはない。
目隠しの屏風に身を潜ませ、誰も来ないのを確かめると、桃生はぱっと外に飛びだした。桃生が半ば予想していたとおりに、かなり広さのある屋敷だった。回廊はどこまでも長く、桃生は下に降りるための階を探して行ったり来たりした。その間、桃生は誰にも出くわさなかった。幸運と言えば幸運だが、あまりにも妙だった。
探し方が悪いのか、階はなかなか見つからなかった。焦った桃生は、このまま飛び降りようかと考えはじめた。(非常時なのだもの。少しぐらい、はしたないことをしても許されるわよ)
こんなところに母はいないとわかっていても、見回して確かめてしまうのが桃生の悲しい習性だった。あたりをよく確認すると、桃生はひらりと高欄を飛び越えた。
何事もなく、桃生は地面に着地した。小さいときに、帯壬の真似をしてよくやっていたので慣れたものだった。履き物がなかったため、足の裏が少し擦れたが、たいしたことではなかった。
仕え人などに注意して桃生は進んでいくが、ここでもやはり人影は見られなかった。いるべきものがないと、かえって不安になってくる。ひっそりとした中を進むうち、桃生は、自分は死んでしまったのではないだろうかと疑いはじめた。こういう静けさこそが、死というものではないのか――
並んだ植木を通りすぎたとき、やっと人を見かけることができた。心細くなっていた桃生はうれしかった。その人物は造られた池の縁にしゃがみこんでおり、桃生には気づいていないようすだった。桃生はすばやく退散するつもりだったが、ふと嫌な予感にとらわれてふり向いた。
(あの人、何だか……見覚えのある気がする)植木の背後に隠れ、さんざんに悩んだ結果、桃生は確かめてみることにした。間違っていたそのときは、相手を池の中に蹴落として逃げる時間をかせぐつもりだ。
桃生は忍び足で近づいていった。足音がしないので、裸足なのは良かったかもしれない。たいへん無防備な相手で、忍び寄る桃生にまったく気がつかなかった。彼女が手の触れられる位置まで来たとき、水面を見つめていた瞳がやっとふり返った――桃生の見立ては正しかった。「明吉良の君」
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