闇き乙女

第一章

まほろば

 桃生は身構えて立ち上がった。話しかけた男の他に、さらにもう二人が現れて男の後ろに控える。三人とも整った身なりをしており、礼節も正しく、粗暴な感じはまるでしなかった。賊というのはこんなものなのかと、桃生は彼らとの間を取りつつ考えた。
「説明してくれると言ったわね。では、教えて。このわたしをどうしようというの」
 桃生がにらみつけるのを見て、男は喉で笑った。「少なくとも、あなたに危害を加えるつもりはない。ご心配召されるな」
 緊迫した桃生のようすを感じとったのか、明吉良も身を固くしていた。男はそれに気づき、驚いた顔でたずねた。「昨晩会ったばかりだというのに、御子はわしのことをもうお忘れなのか」
「いえ、覚えています」
「それなら、挨拶をしてほしい。おはよう、明吉良」
「おはようございます、沙流様」明吉良は山びこのようにくり返した。
「あなたがたは佐保の残党なのでしょう。大和を怨んでいるの? わたしを使って仕返しをする気なの?」桃生が口を挟むと、男は遠い目をして言った。
「佐保の一族は、勇敢な戦士であり、誇るべき同志だった。ともに力を合わせて戦った日々のことを、昨日のことのように思いだせるというのに――彼らを亡くしたのは、実に惜しい」男の右頬には、薄くなっていたが、剣でつけられたと見える戦傷があった。
(佐保の謀反は、その地域だけのものではなかったんだわ。もっと仲間がいたんだ……)男の口調から、より大きな組織が存在しているらしいのを感じとり、桃生は驚きを隠せなかった。「どれだけいるの? あなたたちのように謀反を企む人は」
「謀反とは聞こえが悪い」男は気分を害したようだった。「天つ神よりも先に、我らがこの豊葦原に暮らしていたのだ。真なる豊葦原を取り戻すため、我々は武器をとって戦っている」男の目はぎらぎらと光っていた――こういう手合いには何を言っても無駄だ。桃生は覚悟をして息を吸いこみ、毅然と胸をそらせた。
「わたしを利用して大和に仇をなそうというのであれば、お断りよ。舌でも何でも噛み切って死んでやるから」
 真っ先に仰天して桃生をふり向いたのは明吉良だった。次に、男が感心したようにうなずいた。「これは勇ましい。いかにも大物の姫君だ」
 桃生は、なんとなく馬鹿にされている気がした。男の後ろに控えている二人が聞こえなかったように沈黙を守り続けているので、ますますその感じは高まった。
「我々は、あなたが――闇き者が現れるのを待ち望んでいた。闇き者が何なのか、姫はご存じかな? 始めの天つ神はこの豊葦原に理想郷を願い、その志を継いで、次の天つ神もそのまた次の天つ神も動いている。しかし、その中で――彼らのそれとは異なる方向を見つめる天つ神がいる。それが闇き者だ。闇き天つ神は、我々、国つ神を勝利へと導き、古き良き時代に還してくれる」
「我々、国つ神?」桃生は驚きのあまり大声を出した。「国つ神は、天つ神が初めて豊葦原に来られたとき、歓迎して力も貸してくれた神でしょう。今だってそうだわ。皇に仕える官人には、国つ神の血をひく者が大勢いる。それがなぜ謀反を」
「国つ神には悲しむべきさだめがある――」男は顔をゆがめた。「天つ神に従わなければならないのだ。そのさだめは血のように体を流れて、我々を縛めている。口惜しいが、国つ神が天つ神を倒すことは実のところ不可能なのだ。天つ神に対抗できるのは天つ神しかおらぬ」
 彼らは、桃生を将に仕立て、謀反を起こそうとしているのだ。男の言うことはわからないことが多かったが、それだけははっきりと理解できた。
(力があるだけの者が反乱を起こすより、皇の御子が企てたほうが、人々はずっとずっと動揺する……)桃生は身震いした。そんなことは絶対に嫌だった。自分の名で戦が起こり、それは大和を不穏の渦にひきこむかもしれない。そうなったら、自分の大切な人たちはどうなってしまうのだろう。母や中角や和可女、そして帯壬は……?
「わたしはおまえたちの仲間になどならない。謀反なんてしないわ。そこを退いて。わたしは帰る――まほろばへ、わたしのいるべき場所へ」
「姫よ、あなたはまだ目覚めていない」それまで距離を保っていた男が、わずかずつにじり寄ってきた。「おのれの内から発する声を聞け。あなたが望むものは造られた理想郷ではない。自然の姿そのままの、遙か古の豊葦原だ。我々と同じものを求めている――」

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