闇き乙女

第二章

天つ神

 日の光がまぶしくて、桃生は目をこすった。眠りから覚めたばかりで、一瞬、思考がつながらなかったが、すぐに昨晩のできごとを思い出し、あわてて近くにいるはずの明吉良を探した。
 けれども、部屋には桃生が横になっている寝台があるだけで、明吉良の姿はどこにもない。桃生はとり乱しそうになりながら、そばにいた侍女らしい娘にたずねた。
「明吉良は。明吉良はどこにいるの」
「アキラ? 知らない。だれよ、それ」
 てっきり侍女だと思っていたので、桃生は娘の言葉遣いにぎょっとした。
「あたし、寝ているあんたを見ているように言われただけよ。親父様はなんにも説明してくれなかったし。こっちがいろいろ聞きたいわよ」
 乱暴な物言いだったが、娘は怒っているわけではなさそうだった。むしろ、興味深そうに桃生を見ている。だが、桃生にはそんなことはどうでもよかった。
「あなたがわからないなら、他の人に聞いてきて。明吉良は良くなったの?」
「人が死んだという話は聞いていないわ。まだ平気じゃない」
 桃生はのけ反りそうになった。「何なのよ、その基準は」いい加減にもほどがあった。
 しかし、娘は動じたようすもなく──というか、桃生の非難に気づいてさえいないようだった。娘はさっと立ち上がった。「あんたが目覚めたこと、親父様に報告してくるわ。待っていて」
「親父様? あなた、だれの子なの」まさか、あの大男の娘だろうかと危ぶんでいると、それを否定する答えが返ってきた。
「親父様はこの館の主人よ。印色という」
「ふーん」桃生はつぶやいてから、控えめな口調でつけ加えた。「明吉良のことも、聞いてきてね。おとなしくしているから」
「いいわよ」
 娘はあっさりとうなずいた。からかいを覚悟していた桃生は、じつに奇妙な感じがした。
 あまり経たないうちに娘は戻ってきた。桃生は真っ先に明吉良の容態をたずねたが、娘の返事は「やっぱり生きているみたい」と大雑把だった。
(とりあえず無事なんだ……)桃生はそう考えて、安心することにした。
(今は、自分のことを考えよう。明吉良のことは、それからだ)明吉良には、謝らなければいけないと思っていた。あんな目で見てしまったことを。恐れて、「ありがとう」と言えなかったことを。心にしこりを残したままでは、まほろばにはとても帰れなかった。
「それで、あなたの父君はわたしのことをどうすると言っていた?」
 桃生は気丈にうながしたが、会話は微妙にかみ合わなかった。
「あたしの名は青星よ。あんたは?」
「──桃生よ」
「よろしく、桃生」
「ええ」面くらいながら桃生はうなずき、娘を改めてよく見た。地肌が浅黒く、その色が落ち着いた印象を与える、なかなか器量よしの娘だったが、その中身はたいへん変わっているようだった。桃生と同い年か、少し年上くらいだろう。
「あたしは、これからいつも桃生のそばにいなければならないんだって」
「見張り、ということね?」
「どうかな」青星は思いをめぐらしているふうに言った。
「年の近い子になら、見張られていてもいいわ。おしゃべりができるし。青星は、わたしの相手をしてくれるでしょう」
「たぶん、そんな暇はないわ」青星は考えこむのをやめて伸びをした。「桃生の予定はびっしり詰まっているよ。朝から晩まで」
「何ですって?」
「闇き者の教育なんだって。桃生は確かに天つ神の素質を持っているけど、それはごく少しで、鍛えなければとうてい使いものにはならないと、親父様が」
 やつらが望むような者でなかったことを、桃生は喜んでもいいはずだったが、馬鹿にされているようでくやしかった。「だったら、別の闇き者とやらを探しなさいよ。わたしは好きこのんで、こんな場所にいるわけではないんですからね」
「それは無理」青星はきっぱりと言った。彼女の言葉はいつでも淀むことがなかった。「桃生の他に、生き残って成長できた闇き者は、いないもの」
 奇妙な台詞に、桃生は思わず聞いていた。「──生まれない、ではなくて? 皆、死んでしまったの?」
「そう、天つ神が殺すのよ。闇き者は『穢れ』だから」青星はこともなげに言った。

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