闇き乙女

第二章

天つ神

 桃生は途中から駆けだしていた。知らないあいだに部屋の前へたどり着いており、勢いよく飛びこむと、中には青星がいた。桃生は息を切らせて言った。「あなたの父様って、かなり性格がお悪いようね」
「そうかもね」青星はまるきり賛成しているようでもなかった。
「で、これからどうするの。寝直す?」
「あら」桃生は驚いてまばたきした。「今日がお休みだってこと、知っていたの?」
 青星はあの場にいたことを言わなかった。別に隠しているわけではなくて、言う必要もないと考えているのである。「なにをしたいの? 桃生は」
「とてもふとんに入る気分じゃないわ。寝ていないけれど、いつもより目が冴えているようなんだもの」
「朝餉は?」
 青星に聞かれると、桃生はとつぜん空腹を感じた。けれども、なんだかおっくうで、桃生はいらないと答えた。青星のかたわらに腰を下ろし、軽くため息をついた。
「青星は、大蛇の神って知っている? いえ、剣の神と呼ぶのかしら」青星の返答を待たずに桃生は続けた。「それがね、明吉良の体に住んでいて、そのために明吉良はいろいろと忘れてしまうんですって──おかしな話だと思わない? あなたの父様がそう言ったのよ」
「へえ──アキラって、剣の守部だったの。どうりで」
「剣の守部。そう呼ぶの? どうでもいいわ。何だっていいのよ。わたしが気に入らないのはね──」桃生は大きく息を吸いこんだが、ふと虚しくなってきて、ののしる言葉を飲みこんだ。
 代わりに、桃生はやるせない怒りをぶつけるようにささやいた。「どうして、明吉良は忘れてしまうの? どうして、そんなことが起こるの。大蛇の神って何なのよ」
 青星はなにも言わなかった。彼女も知らないのだろうと、桃生は肩を落とした。青星は、自分が確たることを知らないものごとについては、絶対になにも言わなかった。
「どこかへ、連れていって」しばらく黙りこんでから、桃生は言った。「こんなに天気がいいんだもの。ねえ、いいでしょう。外へ連れていって」
 青星はふたつ返事でうなずいた。そばに控えていた侍女が、いってらっしゃいませと微笑んだ。
 声をたてて笑うことを滅多にしない青星は、それと同じくらい、感情のままに怒りだすことも皆無だった。いつでも反応が一律なので、つまらないといえばつまらない娘だが、感情の上がり下がりが激しい桃生にとっては、ぴったりの相手かもしれなかった。実際、このふたりはたいへんよい組み合わせだった。

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