闇き乙女

第二章

天つ神

 物々しい兵たちが、館をぐるりと取り囲んでいた。月がいつもにも増して輝き、清い光を地上にそそいでいた。館の主人はあらわれて、軍の将らしき男に声をかけた。
「月を肴に語りに来た、というわけではなさそうだな。伊志治よ」
「恐れながら」男は低頭に答えた。「印色様には、姫御子様の拐かしの件について、疑いがかけられております。どうぞ、御身の潔白を示すためにも、われらにこの館を捜索するご許可を──」
「そなたの主はどこにおられる? 日継ぎの御子はどこに」印色の冷たい声が闇に響いた。
 伊志治は、印色の問いが聞こえていなかったかのようにくり返した。「印色様。どうか、ご許可をいただきたいのです」
「帯壬命はどこにおられる。それをまず答えよ。この件、そなたにまかされているのではないはずだ」
「帯壬様は、わたくしめに全権をゆだねられました。印色様」
「それでもならぬ。皇から命を受けたのは帯壬であろう。そなたが代行するのでは道理が通らぬ」
 印色は言うと、かたわらの従僕をふり返り、なにかを申しつけた。従僕は風のようにすばやく建物の中へと消えた。伊志治が咎めるよりも早く、印色の気高い声が野に響く。
「わたしを捕らえたければ捕らえるがよい。この手に縄をかけたいのであればかけるがよい。それとも、この場で亡き者にしてしまいたいのか。如何様にでもするがよい。しかし、それをおこなうのは帯壬命であるべきだ。そなたではない。今一度、聞こう。帯壬命はどこにおられる」
 返答はなかった。伊志治は厳しい顔つきで一礼をして、兵のところへ戻る。そして、攻撃の命令を静かに下したのだった。
 血気にはやった兵士たちが雄叫びをあげるのを聞きながら、印色は踵を返した。ときの声は、まるで狂った獣の咆哮ように聞こえる。落ち着いた歩みで戻りながら、印色は蓮の花が浮かんだ池のことを考えた。気に入っていたのに、惜しいことだ──

Copyright © 2002-2003  ヒョウリュウジマ(漂流島)  管理人:漂う子
広告 無料レンタルサーバー ブログ blog