裏庭とは名ばかりで、そのまま山すそまで続いている野原だった。こういうだだっ広い場所では、巨体の大鷹がよい目印となる。桃生はすぐに見つけて駆けていったが、あともう少しというところまで来て、ふと足を止めた。
「桃生」
明吉良がさっそく飛んできて、小犬のようにまとわりつく。桃生はそれをとどめて、いぶかしげに聞いた。
「何をしているの?」
桃生の視線は、明吉良が手にしている木刀にそそがれていた。
「明吉良に剣を仕込んでやろうと思ってなあ。このままでは、ふがいなさすぎる」大鷹も明吉良と同じように木刀を持っていたが、彼のたくましい腕にあっては、ただの棒きれにしか見えなかった。
「わあ、剣術ですか。がんばって、明吉良」
剣をかまえた明吉良は、なかなか様になっていて格好良かった。桃生が観客となって稽古が再開されたが、それは見ているほうがじれてくるようなものだった。明吉良は大鷹に打ち据えられるばかりで、ひとつも避けられないし返せない。見かけがいいだけに、その情けなさはつらいものがある。
(弱すぎる……。山賊から守ってくれたときのあの強さは何だったのよ)あのときから、桃生は、明吉良はほんとうは強いのではないかとひそかに考えていたのだが、それは見事に崩されてしまった。だが、このどうしようもない姿が明吉良らしいといえば明吉良らしい。
「この稽古、いつ頃から始めているの?」
稽古が一段落ついて休憩しているときに、桃生がたずねた。桃生は明吉良に聞いたつもりだったが、明吉良が忘れたというふうに首をかしげたので、大鷹が代わりに答えた。「ここに到着したその日に始めたのだ。そうだな、もう十日以上はやっているな」
「その割には、明吉良はぜんぜん黒くなっていませんね。日焼けしない体質なのかしら」
明吉良の首すじには、打たれて赤くなった跡がくっきりと残っていた。肌が白いぶんだけ目立って、痛そうではありながらも、なんとなくきれいだった。明吉良は桶に水を汲んでくると、慣れた手つきで、濡らした布を当てて冷やしはじめた。
「やってあげようか?」
「うん」明吉良の笑顔はあいかわらず純粋で、喜びがそのままに伝わってくる。好意がわかりやすく示されるので、桃生もうれしくなってくるのだった。
「もっとちゃんと剣を見たほうがいいわ。切っ先がどこに向けられるのかを」
「剣だけではなく、弓の稽古もしたんだよ」明吉良がいくらか自慢げに言った。
「あら、そうなの。じゃあ、剣と弓、どちらが好き?」
すると、明吉良はまごついた。どうやら、どちらも好きではないらしい。
空を見上げて、大鷹がふと思いついたように言った。「明日は天気がよさそうだな。どうだ、山にでも入ってみるか」
「狩りですか? 明吉良ったら、山狩りができるほど腕がいいの?」
「いいや。足腰を鍛えるための、単なる山歩きだ。明吉良の弓のほうは……まあ、ぼちぼちというところだな」本当はさきほどの剣術をさらに下回る駄目っぷりなのだが、そこは師匠のはからいというもので、それとなくごまかす大鷹だった。
「わたしもご一緒していいですか」
「わしはかまわんが、印色のやつが何と言うかな」
「内緒にして、こっそり抜けだしてきます。いいでしょう?」
桃生が上目遣いに見上げると、大鷹はにやりと笑った。「見つからぬようにな」
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