闇き乙女

第三章

変革

 桃生はしばらく何も言えそうになかった。今まで経験しなかったことづくめの日々であり、慣れるより仕方がないと思ってやってきたが、今度ばかりはそういうわけにはいかなかった。これは桃生を真実おびやかすものごとだ。しかも、継続的につづき、その脅威をもたらす人物は目の前にいる。桃生は彼と会話することだってあるのだ──こんなかたちの危険は初めてだった。また、それを気にするふうでもない印色の態度がいっそう桃生の怒りをあおるのだった。
 明吉良がぽつりとつぶやいた。
「小鳥、死んでしまったね」
「そうね。まったく、なんて人なのだろう」
 無惨に庭に転がった小さな生命を目にすると、苦々しい思いが広がる。顔をそらした桃生は、青星が小さな器を手にして件のものをしげしげと眺めているのに気づいた。そして、あっと思う暇もなく、青星はそれを口に投げ入れたのだった。
「あお──」息の止まりそうな桃生をよそに、青星は真顔で咀嚼して飲みくだした。
「しびれ薬よ。軽いやつ。こんなのじゃ、ネズミだって死んだりしないよ」
 聞いたとたんに明吉良は庭に降り立ち、小鳥をすくいあげた。桃生も駆けよって、明吉良の手の中をのぞきこむ。羽毛に包まれた小さな体はぴくぴくと痙攣して──生きているのだった。桃生と明吉良は安堵のほほえみを交わした。
 しばらく経つと、小鳥たちは一羽二羽と回復しはじめた。よろよろとした足どりで立ち上がり、すばやく羽を広げて飛んでいく。命に別状はなかろうと、彼らはさんざんな目に遭ったのであり、警戒をしっかりと覚えこんでいた。もう二度と、この庭で餌をついばむことはないだろう。
 桃生もまた警戒しなければならなかった。いくら軽いといっても毒は毒であり、気分がよろしくない。それに、印色がいつまでも、しびれ薬程度で済ませるという保証はないのだった。
 食べなければ安全だろうが、そんなことは不可能だ。仕え人の教育が徹底しているのか、桃生の人気が足りないのか、誰かがこっそり食べ物を差し入れてくれるということはなかった。桃生は、食べたらどうなるかわからない、ぶっそうな食事を続けるしかなかった。大鷹なら印色の暴挙を止められるかもしれないと、あるとき訴えに行ってみたが、大鷹は自信を持つがよいと無用の励ましをくれただけだった。
 はじめのうちは皿とにらめっこ、どれなら平気かと見定めていた桃生だったが、五日も経てばどうでもよくなってきた。それは一度も毒の皿に当たることがなかったせいであり、神経を張りつめるのに疲れてきたせいでもある。あんまり当たらないので、近頃では印色のあれは単なるおどかしだったのではないかという気さえしていた──それでも、毎食かならず一皿は残すようにしていたが。
 わざわい転じて福となすというのだろうか、食事時における明吉良と青星のいがみ合いはぴたりと止んだ。桃生がいつ倒れるか知れないので、そんなことにかかずらっている場合ではなくなったのだ。正式な仲直りをしたわけではないので、食事さえ終わってしまえばまた険悪な雰囲気が始まるのだが、食事のあいだだけでも平穏になったのはありがたいことだった。

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