青星は、桃生から明吉良をひきはがしにかかりながら説明した。
「さっきの悪がきどもの発想はごく自然よ。人間の神というのはまだまだ受け入れられていないから。人のかたちをして人外の力を持つものは、あやかしか幽鬼──それがふつうの認識だわ。あいつらは言わなかったけど、鬼退治でもする気持ちで桃生に矢を仕掛けたのかもしれない」
「青星……あなた、いつから居たの」桃生は白けた顔でたずねた。
「うーん、二本目の矢が飛んできたときから、かな」
明吉良はしかたなく腕を放したが、青星を見る目つきは恨みがましかった。
「どうして、すぐに出てこなかった?」
「あんたがどういう対応をするのか、興味があってね。見物させてもらったの」
二人のあいだに火花が散りそうになるのを予感して、桃生はため息まじりに話題をそらした。
「ここの人たちが人神になじみが薄いとはどういうことなの。領主である九十九殿はまほろばに与していたのでしょう。
「九十九の祖先が寝返ったのは、この地の営みを守るためでもあったのよ。いったん傘下に入ってしまえば、厳しかった目もある程度やわらいで隙ができるものでしょう。事実、改宗したのは上のほうだけで、民は元のまま、土地神を信仰していたみたい」
「不信心──というか、それって不忠義ではないの」桃生は顔をしかめた。
「だから、今回のたくらみは勝算が高いのじゃない。民のほうも抵抗なく、桃生を受け入れられる」青星は明吉良をすっかり無視していた。
印色のつぎに顔を合わせたくなかったのが青星なのだが、実際に会ってみるとそれほどでもなかった。桃生はむしろ気負いなくしゃべっていた。「印色殿にお話しして、今日のようなことはもう起こらないようにしてもらってよね。冷や汗をかいたわ」
とたんに青星が口ごもった。
「どうしたのよ」
「桃生──印色殿は、うんと言わないと思うよ」そう答えたのは青星ではなく、明吉良だった。
わけがわからなくて首を傾げる桃生に、青星が言いにくそうに説明する。
「ここで親父様がああいうことを禁止させたら──桃生は怪我をするという事実を裏付けてしまうでしょう」
「わたしを何だと思ってるの。矢が当たったら怪我くらいするわよ」
「怪我をしてはいけないの。怪我をしたとしても、痛がってはいけないの。神は人間の手で死んだりはしないから、死んでもいけない」
「では、わたしはどうすればいいの」
「怪我をしないように気をつけて」
「そんな、むちゃくちゃな」
「仕方がないの。桃生は『神』になったのだから。神を、人間扱いするやつがどこにいるのよ」
青星の言うとおりだ。神とは人を越える力を持つもの。
強大な力を持つものを、一体、誰が気遣うだろう。誰がいたわるだろう。
むしろ自分は、力量を試される位置にあるのだ。桃生は背中が寒くなるような気がした。
(こうなることをわかっていながら、印色殿はわたしを教育した──)
桃生は印色の行動を思い返していた。彼はいつも、桃生をさらに危ない場所へと連れて行く。はたして、こんな兄がいるものだろうか。
(血のつながりがあっても、あの人はわたしの兄ではない。他人だ)しかし、その結論もまた、桃生の心を落ち込ませる。逃れるように、桃生は言葉をつむいだ。
「わたしの兄は明吉良だけだわ」
青星はいぶかしげに眉根を寄せた。「何だって?」
「明吉良は皇の養子だったんだもの。だから、わたしの兄上よ」
桃生は言うと、明吉良の顔を見上げた。
「宮中に住んでいたこと、まさか忘れていないでしょう」
「覚えているよ」明吉良は言ったが、あやふやな口調だった。「確か、
「桃生は、まほろばから出てきたんだよ。そんな戸籍の上でしかないこと、もう関係ないじゃない」
青星はよほど気に入らなかったのか、古い話を持ち出してきた。
「あんた、前に、明吉良が好きだとか何とか言ってなかった?」
「そんな昔のことは知らないわ」
「自分の発言には責任を持ちなさいよ」
姪かもしれない娘が騒ぎ立てるのを聞き流し、桃生は明吉良に抱きついた。
「離れなさいってば」
「いや。兄妹だもん」
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