闇き乙女

第四章

大蛇

 青星のしつこさに負けて、桃生は明吉良から手を離したが、悪態をつくのだけは忘れなかった。
「あなた達がいると、気晴らしにもならないわ」
 すると、青星の頬が引きつった──ように見えた。しかし、確かめる間もなく、明吉良がたずねてくる。
「ぼくも?」
「そうよ」
 青星とは違い、明吉良の表情は、まがうことなく衝撃を受けているとわかるものだった。
「さっきまで、明吉良にひっついていたのに。移り気にも程があるよ」そう言う青星の声音は冷めている。
(見間違いだったのかな)
 もっとよく確かめようと、青星に近づいたときだった。九十九の屋敷の門が開き、中から数人が出てきた。桃生たちは、屋敷からまだ離れた場所にいたが、その騒々しさゆえに注意をひかれた。
 外に出てきた人々の中央にいる男に目をとめたとき、桃生は身体が凍るのを感じた。男の顔はおろか、姿さえよくは見えないのに。
 その男が顔をあげるそぶりをし、桃生はとっさに地に伏せた。前にはちょうど茂みがあり、桃生の姿を覆い隠してくれる。
「何やってるのよ?」青星はけげんそうに下を向き、桃生の顔を覗きこむ。自分でも何をしているのだろうと思うのだが、桃生は地にはいつくばったまま、起きあがる気にはなれなかった。
 桃生を真似てか、明吉良も伏せた。青星はますます顔をしかめた。
「あんた達、とっても変」
「……そんなこと言いながら、青星も伏せているじゃないの」
「話がしづらいからだよ」青星は強い口調で、本意でないことを主張した。
「あの人達から隠れているんだよね」
 明吉良が門のところの一群を指さし、確認するようにたずねた。桃生は、そのとき初めて、そうかもしれないと思った。
「知り合い? こんな遠くからわかるなんて、ずいぶん目が利くじゃない」
 青星の誤解を解くどころではなかった。かの一群が門を離れ、こちらへ向かってくる。動悸が速まり、さらに癒えたはずの脇腹の傷まで痛みだして、桃生は男の正体を悟った。(兄様……)
 動揺して視線をさまよわせると、明吉良と目が合った。
「日継ぎの御子、だね」にっこりと微笑んで、明吉良は言った。桃生はたまらなくなって明吉良の手をにぎりしめた。青星も、真剣みを帯びた瞳で、一群のほうを見つめている。
 帯壬の視線が意味ありげに大地をすべっていくのを、桃生はひしひしと感じた。まるで自分は、追いつめられた野ウサギのようだと思った。狩られるのを待つ。
 盾となってくれるはずの茂みも、帯壬の前では役立たずだった。見られているのがわかる。帯壬の瞳はすべてを見通して、望みのものを探し当てるのだ。桃生はかたく目をつぶった。明吉良の温かな手をよるべとするように、強くにぎって。
「もう平気。行ったわ」青星の声だった。だが、桃生は安堵するより、耳を疑った。
(そんなはずはない……兄様はわたしを見つけた。見られていたの、わかったもの。今だって、見られているような気がするのに……)
 しかし、帯壬とその連れは遠ざかり、いまや豆粒ぐらいの大きさとなっていた。

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