桃生は集められた顔ぶれを見回した。明吉良をはじめ、青星、大鷹と、つまりは印色の館からこの美和の屋敷へ逃げ込んだ者たちばかりが揃えられている。
呼び出しをした張本人の印色が、明瞭な口調で話しはじめた。「われらがここへ長く滞在していたのは、ひとえに闇き者の教育のためだ。そろそろ結果となる頃かと思う。禊ぎも、先日の祭りのときに終えた。いきなりの実践は望めないとしても、徐々に慣らしていきたい。そこで──」
「ちょっと待ってください。慣らすって、いったい何をですか」
「それを今から言うところだ。おとなしく聞いていなさい」
印色に言われ、桃生は浮かした腰を仕方なく下ろした。
「この美和より二日ほど南へ行ったところに、
「そこへあたしたちが行って、うまく言いくるめて、仲間にしようというんですね?」
「青星、おまえも黙って聞きなさい」
そこで青星は静かになったが、今度は大鷹がいぶかしげに口を挟んだ。「武将ということは、そやつに兵を用意させるつもりなのか? なるほどだが、沙流殿にお頼みすれば兵などいくらでも──」
印色は明らかに無視して、桃生のほうを向いた。
「九十九を説得する役目、そなたにやってもらう」
「説得ですって? わたしが? そんなこと、できっこないわ」
「なぜだ」
「歩く練習とか礼儀作法とか、毎日そんなことばかりをしていたんですよ。説得なんてとても無理。だいたい、今までやらされていた稽古って、何の役に立つのですか」
闇き者だ何だと言っても、結局のところはお飾りだろうと高をくくっていた桃生は仰天した。てっきり、座っているだけでよいものと思っていたのだ。
「言うべき事柄などは、わたしが考える。そなたは、わたしがまとめたものを覚えて、その通りに話せばよい」
「それだってできません。印色殿がなさればよろしいでしょう。そのほうが確かです」
完璧に怖じ気づいている桃生をよそに、明吉良は感心したふうに見上げた。
「桃生が将になるのか。すごいな」
「やらないってば。もう、明吉良は黙っていてよ」
しかし、印色は聞く耳をもたなかった。日取りを手短に話すと、さっさと自室に引きこもってしまった。……ほんとうに、説得の手引きなるものをつくるのだろうか。
不安を胸に隠して、桃生は青星に明るく問いかけた。「わたしに外交をさせる云々は、きっと、印色殿の冗談よね」
「大丈夫よ。交渉は天つ神の十八番だもん」
「あのねえ、現実を見てよ」桃生はいらだった声を出した。「わたしは天つ神だと言われていたし、禊ぎとやらでしっかり保証もされてしまったけど、それだから何がどう変わったということはないのよ。できないことはできないままなの」
「今まで気づかなかっただけで、桃生は生まれたときから天つ神よ。外交も何も最初からできる。できないと思うのは、やったことがないからでしょ? そのときになればできるから、安心して」
「そんなの、ちっとも根拠になっていないわ」
桃生がじれったそうに訴えると、青星はきょとんとした顔になった。青星自身が感情の起伏にとぼしいので、相手の気持ちにも鈍感なのだった。
おばかでも、明吉良のほうがそれに関しては長けていた。「深く考えることはないよ。あの人は、桃生が不慣れなことをわかっているから、練習しようと言ってくれたのだろう?」
その言い方がいかにも気楽なので、桃生の不安もわずかばかり薄らいだ。桃生は弱気にたずねた。
「失敗してもいいと思う?」
青星は「失敗なんてするはずがない」とあきれ顔だったが、明吉良はにっこりと笑って太鼓判を押した。
「もちろん」
「まあ、そういうことだな。九十九なんて、どうせ下っ端だろう」大鷹がまたまた勝手なことを言った。武術以外のことで大鷹を信用してはいけないと、近頃では肝に銘じている桃生だったが、今回ばかりはそれを忘れることにした。
(印色殿がわたしを買いかぶっているということは絶対にないだろうし。うん、かるく考えよう。どじを踏んでも、へまをやらかしても、きっと何のことはないわ)
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