闇き乙女

第四章

大蛇

 伸びやかな声で次々につむぎだされる言葉は、内容のなまぐささとはかけ離れて、まるで上等の音楽のようだった。集まった人々はそれとなく耳を傾け、年若い将に視線をそそいでいた。火明ほあかりに映しだされた姿はきゃしゃだったが、溌剌とした生命力にあふれ、同時にその実直さも感じられた。
「確かに、天つ神の掲げる理想は優れたものです。争いはもちろん、飢えや病もない平穏な世界──しかし、はたして実現が可能なのでしょうか。初めの天つ神があらわれたときから今に至るまで、目のくらむような時が過ぎ去りましたが、いっこうに大成する兆しは見られません。そのあいだに支払われた犠牲、踏みにじられたもののの多さをお考えください。たとえすばらしい世界が得られるのだとしても、そのために数え切れない血を流してしまっては……どうしようもありません」
 彼女が目を伏せると、長いまつげが煙るような影を肌に落とした。全体的に小柄なつくりのなかで瞳だけが大きかった。何事も見逃さずに受け止めよう、というふうに。それは人々に痛々しくもあり、まぶしくもあった。
 闇き姫は毅然と顔を上げた。「天つ神をとめなくてはなりません。それこそがわたしに課せられた使命だと思っております。天つ神を一掃し、古き善き時代を、神代を取り戻す。どうぞ、貴殿のお力をお貸しください」
 うやうやしく頭を下げた乙女を、初老の男がとどめた。彼こそが九十九その人で、もはや現役を退いているものの、武人らしく立派な体格をしていた。口元に笑いじわをつくって、にこやかに言った。
「到着されたばかりでお疲れでしょう。それはまた明日に。今晩はごゆるりとおくつろぎください」
 乙女がぱっと顔を赤らめた。隙のなかった端正な顔に幼さがふとあらわれ、磨きぬかれた美しさの中に愛らしさが混じる。
「申し訳ありません。先走ってしまったようです。せっかく用意してくださった歓迎の席で、野暮な話を」
「いやいや、お話はたいへん興味深かったですよ」孫ほどに年の離れた娘に、九十九はやはり孫に言うように声をかけた。
 桃生の横には印色が座っていた。彼はいつもよりずっと控えめに構えており、ほとんど無言だった。しかし、人を威圧する雰囲気はそのままで、人々は敬遠して近づかなかった。
 九十九は笑みを浮かべたまま乙女に聞いた。「あなたはいま、おいくつかな?」
「数えで十五になります」
「そちらのお嬢さんは?」
 そちら、というのは青星のことだった。いつもは無造作に束ねただけの髪をきれいにまとめたりして、非常に女の子らしく姿を整えている。だが、問われてふり向いた青星は、ふだんと同じで愛想のかけらもなかった。
「十六」そう答える青星を、桃生は肘でこづいた。青星は思い出して笑顔をとりつくろったが、どうにも不自然だった。
「二人とも、お若い。失礼だが、まだ子どもと変わらぬな」
 桃生は黒々とした瞳で九十九を見据えた。「わたしのような小娘を、将とするのは不安ですか?」
「それはもちろんだ。しかし、あなたは『闇き者』だという。ただの小娘ではあるまい」
「今はまだ、何も始めておりません。ですから、ただの小娘です」
 息を吸いこんだ乙女を、九十九はおかしそうに見つめた。
「悪気があって言ったのではないです。目くじらを立てなさるな。美人が台無しですぞ。さあ、一杯いかがかな」
 さかずきに酒を受けながら、桃生は目だけ動かして明吉良を探した。大鷹がついてはいるが、当てになりそうもないので、心配する気持ちはぬぐいきれなかった。
 明吉良が余計なことをしゃべる可能性は大ありだったので、印色は彼がいっさいの会話をしないようにと差し止めている。広い会場の中で、やっと見つかった明吉良は、なにやら女性陣に取り囲まれていた。見目よし愛想よしの明吉良は、口がきけなくても充分にかわいがられるようである。桃生はほっとして、九十九のほうへ意識を戻した。
「九十九殿はまほろばをどのようにお考えですか?」
「いきなり核心をついてきましたな」
「明日は明日で、また同じことをお聞きします。今はたわむれだと思って、どうぞ何なりと」
「ふぅむ」
 九十九は乙女をふたたび値踏みするように見つめた。そのまなざしも見返す乙女は、なるほど将にふさわしい落ち着きと自信に満ちあふれていたが、少しの風にでも当てられれば崩れるもろさを予感させた。気高そうな顔立ちも、よくよく注意して見ると、あどけなさが残っている。過酷な運命に耐えきれるとも思えない、少女のか細い身体も、九十九に気にかかることのひとつだった。

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