闇き乙女

第四章

大蛇

 そういう目で見れば、印色は帯壬にそっくりだった。あごの線も、耳のかたちも、すみずみに至るまで。印色はなにかの術を用いて整形しているらしいが、それはさほど大がかりなものではなく、目を凝らせば元の顔がうかがえる。今となっては、気づかなかったのがふしぎなくらいだ。
(わたし、印色殿の笑顔を見たことがなかったから……だから、わからなかったのだわ)もし印色が帯壬のように笑えば、きっと見分けがつかなくなるだろう。桃生はぼんやりと想像したが、あわてて振りはらった。(そんなことはないわ。印色殿のほうがずっと老けているし。似ても似つかないわよ……だいたい、顔が似ているからといって血縁とは限らないわ。他人の空似だってあるもの。昨日のあれは……印色殿の冗談かもしれないでしょう)
 裏付ける証拠はなにもないのだ。しかし、印色はそういう質の悪い冗談を──いや、冗談といえるものはすべてだが──口にするような性格ではない。
 手に顔をうずめたり嘆息したりする桃生をしげしげと眺めながら、明吉良はやや注意深くたずねた。
「桃生は、昨日の夜、どこへ行っていたのだ?」
「今のわたし、不幸のどん底かもしれないの。お願いだから、そっとしておいて」明吉良をここまで連れだしたのは自分でありながら、桃生は勝手なことを言った。
 静かな場所だった。風が気持ちよく吹きぬけ、ススキがさざなみのように揺れる。美和から距離がないので、季節の移ろい具合には大きな違いはない。
 桃生は、明吉良にうち明け話をするつもりは毛頭なかった。連れてきたのは、とっても感傷的な気分で、かたわらに寄り添う連れ合いが欲しかったからである。
 明吉良は健気にも、無難な話題を探しているようだった。「交渉のほうは、どうなっている? うまくいきそうなのかい」
「ええ。なめられたかなとも思ったけど、逆にそれがうけたみたい。九十九殿はわたしを気に入ってくれたようよ、孫みたいだって言っていた。あとは……印色殿がうまくやるでしょう」桃生はまた胸がつかえてくるような気がした。
「ねえ、思ってもみない人が親族だったりしたら、明吉良はどうする?」
「しんぞく?」
「血のつながっている人のことよ。母様や父様……兄様とか」
「思ってもみない人って、だれのことだ?」
「だれでもいいの。そうね、たとえば青星があなたの姉だったりしたら──」
 そのとき、なにかが桃生の顔をかすめて通り過ぎた。桃生がはっとしてふり返ると、後方の地面に矢が突き刺さっていた。
 身構える暇もなく、さらに二、三の矢が放たれる。だが、桃生にも明吉良にも当たらなかった。どれも大幅にずれており、最初の矢が一番ましだった。
「すごい下手。なんなの?」桃生はあきれて言った。狙ったとは言えない打ちかたである。「近くで、狩りでもやっているのかしらね」
 このときの明吉良はめずらしく剣呑だった。矢の飛んできた方向を見定めて、ひとりで犯人を引きずりだしてきた。小汚い子どもが五人ばかり、桃生の前に並べられた。
「どういうつもりだ」
 子どもたちは幼くて、明吉良の腰にも背が届いていなかった。はるか頭上から睨みつけられて、泣き出す子どももいる。
「まあ、明吉良、落ちつきなさいよ。ぼうやたち、弓矢の練習をするときは人のいないところでやらなくてはだめよ」
 桃生がにこやかに取りなすと、明吉良は曇った表情を浮かべた。
「ちがうよ。こいつらは狙ってやったのだ」
 口をへの字に結んでいた子どもがぐっとあごをあげて、桃生を指さした。「だって、この女、神様なんだろ。弓矢なんかじゃ怪我ひとつしないって、とうちゃんが言っていた。おれたちは確かめに来たんだ」
「そうだ。悪いことなんかしてねえよ」
「当たったって大丈夫なはずだろ」
 開き直りはじめた子どもたちに、明吉良がふたたび怒りの色を見せた。
「おまえたち──」
「もういい。もういいから」桃生がさえぎった。「行って。わたしは気にしていないわ。だから、もう行って」
 子どもたちは風のように逃げ去った。べそをかいている子も遅れはとらず、はずれた矢をちゃんと拾っていく。
 まともな腕の持ち主であれば、はずさない距離だった。桃生は自分で自分を抱きしめ、ふるえを静めようとした。
「子どもだからよね。あんな発想をするのは、子どもだから」
 明吉良は答えず、桃生の背中に腕をまわした。桃生は明吉良にしがみついて、しばらく身動きもしなかった。

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