都の比較的近くで戦が行われるとあって、人々の動揺は激しく、荷物をまとめて地方へ逃げる者も少なくなかった。まほろばにある市や広場には、兵士を集めるための幕屋が置かれ、日を追うごとに道を歩く若者の数が減っていく。そうする間に、しんしんと冷えこむ冬が訪れていた。
桃生には、まほろばの様子を知るよしもなかったが、国つ側の動きは誰からとなく耳にしていた。屋敷のどこでもその話で持ちきりだった。やはり沙流王が軍の指揮をとることになったらしい。どういう経緯でそうなったのかは、桃生にはわからなかった。ただ、将軍に決まった彼は喜び勇んで、あの村へ出発したのだそうだ。
この間、彼がまほろばの軍とやり合ったという噂を聞いた。けれども、本当のところは知れない。侍女がしゃべっているのを聞いただけだ。確かな情報を持っているだろう印色には会う機会がなかった。青星は、あれ以来、ずっと上の空の状態が続いていて、会話さえ成立しないありさまだ。情報を聞き出すどころではない。
大鷹は本来の職務に戻り、沙流王の部下として戦に加わった。大鷹に可愛がられていた明吉良ならば、彼からなにがしかの便りが届いているかもしれない。だが、桃生は、尋ねてみる気分にはなれなかった。明吉良とは毎日顔を合わせ、言葉を交わしているものの、自分のほうから話しかけるのには勇気が必要だった。
(殺伐としているって、こういうのを言うのかな……)見かけは単調な日々だった。しかし、皆、気を張りつめている。何かを恐れ、それが来るのを恐れ、けれども、同時に待っている。そんな日常は普段に増して壊れやすく、口げんかや罵倒する声をあちこちで聞いた。
そんな中、使者がやって来てた。印色の加勢を求めるものだった。彼は出掛けていき、その後ろ姿を見送ったあとは何の音沙汰もなかった。黒く焼けた青星の顔が、新しい朝日を浴びるたびに青くなっていく。十日ほど過ぎて、ようやく念願の使いが訪れたが、しかし、それは印色からではなく、沙流王の使いだった。何のつもりか、桃生と明吉良を戦地へ来るよう誘っている。
「どうする? 僕は行きたくないけど」
「わたしだって行きたくないわ。でも、青星があんなふうだし」桃生は、当てが外れて部屋の隅に座りこんでいる青星に目をやった。この前、あの村を訪れてからいうもの、青星のようすは変だった。それに重ねて、印色の件である。桃生はため息をついた。「このままだと、青星のほうこそ死んでしまいそう。ちょっと様子を見て、戻ってくるだけなら……」
「甘く考えすぎだよ。沙流王は企みがあって言ってきてるんだろうから」
「それはもちろん、わかっているわ。でも、向こうには印色殿がいるんだもの、なんとかしてくれるわよ」
明吉良は黙りこんだ。彼の曇った顔を見ながら、桃生は続けて言った。「あなたは遠慮してもいいのよ。わたしと青星だけで行く」
「桃生が行くのなら、僕もつき合うさ」明吉良は、むっとした様子で言い返した。「ただ、桃生はわかっていないと思って。印色殿がどれだけ取りはからってくださろうと、戦は危険なんだ。無傷で済むどころか、生きて帰れる保証もない。人の安否が心配なだけで訪れるのはどうかと思うよ。だいたい、印色殿にも、ご迷惑がかかるんじゃないか?」
いつになく激しい口調で、明吉良は畳みかけた。桃生は驚いたが、だからといって、彼の言葉に耳を傾けるわけではなかった。
「言いたいことはそれだけね? では、三人そろって伺いますと、使者の方に伝えてくるわ」
明吉良はがっくりと肩を落とした。「どうして、こうなるんだ? よりによって戦場なんて……運命の鳥が君を呼んでいるんだろうか。だとしたら、その鳥がとっても忌々しいよ」
「運命の鳥?」桃生はけげんそうに眉をつり上げた。
「天つ神の一族には、何事かあるとき、そこまで導く鳥がいるそうじゃないか」
「また、妙なことを吹きこまれて。大鷹殿ね? あいにくとわたしは、こちらへ来てからというもの、あなたが餌をやる雀ぐらいとしか触れあっていません」
「それって、なんだか、違う気がする……」明吉良は深く嘆息し、言い伝えの鳥獣よりも確かな原因である青星へ、恨めしげな視線を送った。
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