明吉良は雪を踏みしめて歩いていた。いちおう桃生を捜すつもりなのだが、彼女がどこへ行ったのか、誰にも聞いていない。ただ当てずっぽうに進んでいるだけだ。
もしかしたら、彼女は、屋敷にいたかもしれない。到着したばかりで疲れているのに、どうして外なんかに出るだろう? ぼんやりとそう思ったが、彼は引き返さなかった。
やがて水音が耳に届いた。沙流王が、温泉がどうの、と言っていたのを思い出す。ぬくもった空気が体に触れて、明吉良は何気なく目をやった。
小池ほどの温泉のふちには、影がひとつ、たたずんでいた。明吉良は息をのんだ。彼女は、上着の袷に手をかけた格好で止まっている。明吉良は顔を赤らめ、少しだけ躊躇した。このまま黙って見守るか否か──
よこしまな思いを振りきり、彼は声をかけることにした。しかし、その直後、ものすごい勢いで風が通りぬけていった。紐をほどいた上着はめくれて、乙女の胸部があらわになった。
明吉良の視界に、黒いものが映った。一瞬だった。彼女はあわてて袷を引きよせ、心配そうにあたりを見回した。そして、離れた場所に、立ちすくむ彼の姿を見つけた。
「どうして、ここにいるの」桃生の顔からは血の気が失せていた。
明吉良が無言でいると、彼女は無理に朗らかな笑顔をつくり、冗談めかして言った。
「何も言わずに見ているなんて、ひどいじゃない。青星がいなくてよかったわね。覗きの未遂だとしても、こてんぱんにのされることは確かよ」
桃生はすばやい手つきで、紐をきつく結びあわせた。「わたし、青星を捜してくるわ」
桃生が逃げるのより、明吉良のほうが速かった。大鷹の訓練のたまものだろうか。あっという間に駆けよって、桃生の手を捕らえ、動きを封じる。
「確かに見たんだ。桃生、あれは……」
「何でもないの」
桃生はもがいて、明吉良をふりほどこうとした。彼女と同じくらい青ざめながら、明吉良はそれでもなお、追求の手をゆるめようとはしなかった。
「やめて、お願い。だめ」震える声は雪に吸いこまれた。紐の引きちぎれる音も、二人を除いては、誰の耳にも届かなかった。
乙女のあたたかく息づく肢体には、黒い一本線が走っていた。華奢な肩をつかむように始まり、胸のあいだをうねって腹をすべり、その先は……はかまの中に消えていてわからない。
明吉良はぼうぜんとして身体を離した。解放された桃生はすぐに着物の前をかき合わせたが、呼吸は荒いまま、みじめな表情でくちびるを結んでいた。
「大蛇はいつ、目覚めたんだ? ちっとも気づかなかった」
早鐘を打つように、明吉良の鼓動が速まった。それにともない、頭がくらみ、吐き気がこみ上げた。
「沙流王の言われたことなど、嘘だと──そう思った。根拠はないんだ、それなのに、僕は傷つけたりしない、と。そばにいて楽しくて幸せで、そしてきみのことも守っているつもりで、僕は」
うつむいていた桃生が、少しだけ顔を向けた。たがが外れたようにしゃべる彼を、黒目がちの瞳で心配そうに見つめる。その視線に耐えられず、明吉良は目を覆い、そして何度も謝った。その声は、泣いているときのようにかすれてくぐもっていた。
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